Q.魚から見えない釣り糸はどのように作る?
A.水に近い屈折率の素材、糸の内部反射を抑制する色、魚にとって見えにくい色の3要素が必要です。
水に近い屈折率の糸
糸は細ければ細いほど、そして水の屈折率と近いものほど、水中で見えにくくなるとされています。ナイロンラインの屈折率は1.53、フロロカーボン糸の屈折率は1.42、水の屈折率は1.33であり、水中では水の屈折率に近いフロロカーボンのほうがナイロンより見えにくいはずです。
光らない糸
しかし、フロロカーボンのほうがナイロンより見えやすいという主張もあります。透明な糸は光が糸の内部で反射してキラキラ光って見やすくなるためです。それを防ぐために一部の糸ではあえて染色することで反射を抑える調整をしています。

糸の光りやすさについて、ヒトの眼での実験例があります。スコットランドの海洋研究所のワードル博士たちの研究(資料1、p170)によると、0.4mm(約6号)のナイロン糸を水深25メートルの海中と水槽とで観察しました。すると、どの色の糸をどの方向に張るかで糸の光り方が変わったのです。結果は以下のとおりです。
まとめると以下の表のようになります。

黄・緑の色が光にくさの点で万能に見えます。
面白いことに透明は縦張りは光にくく、横張りだとキラキラ光ってしまうために目立つそうです。光の当たる角度で糸の内部反射が増減するのです。
水中での色の届きやすさ
「魚類の生息環境と色覚」(高橋恭一氏)によるきれいな水中での光の届きやすさを色別にプロットした図がこちらです。

図の上が届きにくく、下が届きやすいということです。きれいな水中だと青色がもっとも届きやすく、赤色が届きにくくなることがわかります。
きれいな水中で、どの色がどれくらい深く届くのかを示したのが次の図です。

今度の図は、先程とは逆で、上は届きやすく、下は届きにくいということです。
きれいな水中ではオレンジ~赤色光は水深1mでも20%減となり届きにくくなります。5m~10mといった普段の海釣りでよくある水深では、その傾向は顕著になります。水深10メートルでは青色光が約20%減の一方、オレンジ~赤色光は90%以上減となりほとんど届かないことがわかります。
水が濁った場所ではさらに光は届きにくくなります。
下図は、水がきれいな場所(外洋、Oceanic Water)と濁った場所(沿岸海水、Costal water)で水深1mの光の届きやすさです。

図の上が届きやすく目立つ、図の下が届きにくく目立たない、ということです。
水がきれいな外洋(Oceanic Water1)では、以上で紹介したように赤~オレンジが目立たなくなります。黄色、緑、と続き、青系が最も目立つ色となります。
水が濁った沿岸海水(Costal Water e)では、黄色系が最も目立ち、オレンジや赤系、緑系はその次、青系は最も目立たない色になります。

クリアな場所で青色系のルアーが強く、濁った場所で黄色系のルアーが強いのも単に目立つからという理屈も考えられます。
さらに、現実には魚にとっての見え方がフィルターとしてかかります。
魚の眼から見たら色はどうなる
魚の眼から見た時に糸はどう見えるのか、サンラインのHPにまとめられています。
魚が生息する海水には青緑色が豊富であり、魚の眼も背景色の青緑色より少しはずれた波長の光に良く反応するように進化しています。
これは、海水の青緑色を背景色にした時に、餌とコントラストを明瞭にして、餌を見つけやすくする為だと考えられています。いずれにしても、魚は青緑色に敏感ですので、こうした意味では、青緑色以外、特に赤橙色系の波長に反応が見られないことが明らかです。
(※科学的にも網の色が赤、橙、黄、緑、青の順で魚に気づかれにくいことを報告した研究例もあります。)
サンラインHP
これまでの情報をまとめると、緑色の糸は光りにくいものの、きれいな水や濁った水でもあまり色は減衰せず、多くの魚の眼にとって認識しやすい可能性があります。
赤系の糸は光って目立ちやすい可能性がありますが、きれいな水で歴然と色が減衰し、濁った水でもそこそこ減衰し、多くの魚の眼とっては見えにくい可能性があるのです。
ただし、「魚」と十把一絡げにするのはかなり乱暴で、深海魚、沿岸性の魚、淡水魚などでも眼の特徴は異なってきますし、魚種ごとにも異なります。
眼の細胞には錐体(すいたい)と桿体(かんたい)の2種類があることが知られています。明るいところで色を区別する錐体細胞、暗いところでコントラストを区別する桿体細胞があり、魚によってその有無や種類、色の感受性が異なるのです。
錐体
「魚類の生息環境と色覚」(高橋恭一氏)によると、淡水魚の錐体細胞の調査の結果、赤色系統が見やすい魚種が多くいることがわかっています(図A)。

それに対して調査対象の海水魚では、赤色の感受性をもっていたのは5種類のみでした(図B)。

水深が浅く、赤色光が届きやすい淡水と水深が深く赤色光が届きにくい海水で、環境に魚が適応した結果ではないかと高橋氏は指摘しています。
水深の深いバイカル湖のカジカ類には、赤色光に感受性が高い視細胞が見つからなかったことからもその説の有力性が伺えます。
桿体
桿体細胞に関する調査でも同じ結果が出ています。
次の図は、「深海魚,海水魚と淡水魚の網膜桿体の吸収極大波長のヒストグラム」ですが、見事に青色光が多い深海魚は青色の感受性が高く、海水魚は青緑系、淡水魚は緑系の感受性が高い眼になっています。



日本の魚
以上のグラフは、海外の研究成果をもとにしたものです。
サンラインのHPでは、日本の魚についての言及があります。チヌ、クチブトグレ、オナガグレ、マダイは全ての波長に負の応答をしめすL型の錐体のみを持つといいます。つまり色盲です。これらの魚は赤系統への反応が鈍いそうです。そこで開発されたのが同社のSV-Iというピンクのハリスだそうです。

この表を見ると、ブリには色覚があります。しかし視覚細胞の割合でいえばチヌ等と同じように色盲に近いという主張もあります。実際、ルミカのHPにはブリは「色を識別しない」魚だと分類されています。
ただし、このルミカのHPでは、マダイやチヌは「色を識別する」と分類されており、魚の色覚については統一した見解は出ていないようです。

魚の視覚は環境に適応して短期的に変化するとも考えられています。明るい場所・水質がクリアな場所では青色系を見やすく、暗い場所・濁った場所では赤色系統を見やすくなったりするようです。
釣果ではどのような結果になるのか、検証が待たれます。


資料1:魚の行動習性を利用する 釣り入門 科学が明かした「水面下の生態」のすべて(川村軍蔵、ブルーバックス)
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